セラピストの紹介

セラピスト名:桜岡 ともこ

      (さくらおか ともこ) 

 

住居:千葉県佐倉市※緊急連絡先はご入金後にお伝えしております。(生まれも育ちも佐倉市。BUMP OF CHICKENさんと長嶋監督の地元です。他にも有名な俳優さんなどいらっしゃるかも?)

趣味:カフェ巡り、映画、旅行、ファッション

好きなアーティストのライブ、学ぶこと

家族: 夫と息子と3人暮らし。妹と両親も傍に住んでいます

 

*クライアントさまのケアやフォローのため、毎月1~2回は指導(スーパーヴィジョン)を受

    けております。また、自身の癒しと解放のためにもカウンセリングやセラピーを積極的に受けて       います。安心してお受けください。

*私が行うカウンセリングやヒーリングは、私がこれまで10年以上も私自身が経験してき 

 た様々なカウンセリングやセッションを通して体得したものを独自のものとして構築して

    います。また、日々新しく降ろされる叡智などもございます。

  

2006年 臼井式レイキ セカンドまで取得

2007年 封印解除により私の分魂からの叡智、すべてを許すエネルギーの開発

      リーブスサイキックプロテクションⓇ講習修了

2008年 ワンダーチャイルドに繋ぐエネルギーの開発

       (インナーチャイルドの癒し)

2009年 真のあなたに誘うエネルギーの開発

2011年 精霊から白羽の矢が当たりカリスマシャーマンとして覚醒

       グレートマザーの愛のエネルギーの開発

       癒しのサロン Follow your dreamsを開業

2012年    自己を信頼するエネルギーの開発、カリスマシャーマン講習修了

         カウンセリングスキル講習修了

         リーブルサイキックプロテクションⓇトレーナー講習修了

2013年 カウンセリングスキル・アセンションサポートバージョン講習修了

         細胞レベルでのカルマを手放す愛と力を与えるワークの開発

       エクソシスト覚醒プログラム修了

2014年 福井にて新サイキックプロテクションⓇ、新マニフェステーションヒーリングⓇ

                     新サイキックサージャリーⓇ、新気功鍼Ⓡ、新ダイヤモンドプロテクションを習得

      神戸メンタルサービスにてカウンセリング心理学、恋愛心理学、セラピーを学ぶ

       山梨にて2泊の濃い創造療法を体験(沢山の叡智が戻ってくる)

       独自のヒーリングカウンセリングを構築

2015年 長期に渡る黄金の花のワークと神界のワークにより、新しい世界への変化を促してい

      く使命を授かっていることを知る

      現在、経済的な理由や様々な理由でセラピーやカウンセリングを頻繁に受けることが

      できない方のために、セルフヒーリングができるようなヒーリングエネルギーの伝授

      (アチューメント)を開発しています

      8月にファミリーコンスタレーションを体験し、長い期間抱えてきたものが解放され

           統合される。

      10月にはマニフェステーションヒーリング・プレミアムを受講。さらに肉体へのア

      プロ―チができるようになりました。今後も肉体への施術を学んでいく予定です。

 

~これまでの歩み~

 

1975年4月 千葉県佐倉市で落花生屋を営む祖父母と、サラリーマンとして共働きの両親との間に長女として生まれる。

仏教を信仰する家庭に生まれ、自然と仏壇に手を合わせたり、見えない世界に想いを馳せたりしました。
幼い頃から直感が鋭く人の気持ちに敏感で(エンパスだと思われます)、大人たちに怒りを覚えることが多くありました。絵を描くことと文章を書くことが大好きで、皆と同じように先生に提出すると、先生からは「手伝わないでください」と母が言われるようになり、どうして大人たちは私を信じてくれないのだろうと思いました。(その後、朝日新聞作文コンクールで佳作をいただいたことで、やっと認めてもらえたのだと嬉しくなりました)

日舞とピアノを習っていたため、表現することの喜びと、頭の中や心を空っぽにして夢中になるということへの感動を知りました。

 

長い間、家庭不和と家族からの心ない言葉からとても傷ついていましたが、唯一癒される時間がありました。
それは、自然界との繋がりでした。
学校からの帰り道、お日さまの光に照らされて揺れる小さなお花たち、花たちを揺らす気持ちいい風、香り。
守られているという感覚の中、素敵な時間を過ごすことができました。
近所の崖で見つけた巻貝の美しい曲線を見ては、宇宙の完璧さを感じ、宝物のようにして隠して遊びました。
ある日、下校途中の坂道の階段で、一番てっぺんに座り雲ひとつない青い空を見ながら祈っていました。
ただただ感謝の気持ちで祈っていました。
すると、一瞬空との距離が近づいたかと思ったら、空にお釈迦様のような菩薩様のような顔が広がり、私はビックリして後ろにひっくり返りそうになってしまいました。
そして、すぐにスーッと消えていきました。
私は「神様はいるんだわ」と、とっても嬉しくなって、でも誰にも言わずに内緒にしました。

それは、今でも大切な思い出です。

(のちに、空に見たお釈迦様のような菩薩のような姿は、シャーマンを意味するものと分かりました)

 

その後、私は生まれつきの歯の先天欠如と知り、大学病院へ通うことになりました。

週に1度、父に送ってもらい通うようになり、痛い思いや悲しい思いをするようになりました。

その頃はまだインプラントも開発途中で、大学病院では治療費を抑えるかわりに研究に協力してほしいと提案され、親は承諾しました。

私は、病院の学生たちに囲まれながら治療をするという状況を、悲しみのなか我慢する日々でした。

誰にも話せず理解されることもなく、高校生のときには義歯を入れるようになり恥ずかしい気持ちから笑えなくなっていきました。

 

思春期ということもあり心の自由がどんどん奪われていきました。
母からの束縛も多くなり、自然界と繋がることも少なくなっていきました。
そんな中、夜中になると急に耳鳴りや身体の痛みが訪れるようになりました。
大きな雑音と共に身体の痛みと重さで目が覚めるのですが、すぐに落ち着くので「疲れているんだな」としか思いませんでした。
高校生の頃には、それが頻繁に起こるようになり、それでも朝になると忘れているので特に気にしてはいませんでした。

 

また、この頃からボランティア活動なども始め、将来は人のためになりたいと漠然と願うようになり「どうか人のためになれるような私にしてください」とお祈りする時間が増えていきました。

ボランティア活動ではたくさんの仲間と出会い、唯一癒される時間は自然界との繋がりから仲間と活動する時間へと替わっていきました。


そんななか、19歳(1994年)のときに霊的なものによるスピリチュアルエマージェンシーに見舞われました。
偶然にも、そのとき母がある霊能者と出会ったと私に話してくれていました。
わたしは1週間ほど酷い状態を我慢したあと、いよいよ我慢できなくなって母にお願いをしました。

その霊能者に会わせてほしいと頼んだのです。
母は驚いていましたが、その方の元へ連れていってくれました。
その方はひととおり視てくれました。

「こんなになるまで、なんでほっといたの!命持って行かれちゃうよ!」と、母が怒られていました。
その後、夜中の酷い耳鳴りや痛みはなくなり、そして後から母に言われました。
「ともこさんは、私と同じものを持っているから、将来私のようになりたいと言っても止めないであげてほしい」と、その霊能者から言われたと話してくれました。
けれど、私は「私が求めているものはそうじゃない、何か違う」と、その言葉に疑問を感じました。

私が今回の人生で叶えていきたいものはそうゆうことではないということだけは、知っているというような感覚でした。

自分の方向性を感じた始めての体験でした。

しかしそれ以降、目に見えないものに関わることは怖いと感じ、霊的なものには関わらないようにしようと決めたのです。
完全な回復はしていない状態の中、薬学部への進学へ失敗、臨床検査技師の学校へ入学しました。

ですが、本当にやりたいことではなかったため3ヶ月で中退。
体調不良と、たくさんのトラウマを抱えながら社会人になることを決めました。

 

心機一転、会社に入ってお金を戴くことは、とても楽しい時間でした。
色んな仕事について、恋もしました。

 

ですが25歳(2000年)のとき、大好きだった人の死(自死でした)とNYのテロが重なり「どうして人はこんなにも苦しまなければならないの?」と、とても苦しくなりました。
目に見えない世界では何が起こっているのかと考えるようになり、精神世界の本を読むようになっていきました。
またそのときから「このままではいけない」という内なる声を聴き、スピリチュアルカウンセリングを受け始めます。
初めて受けたセッションで「あなたは、私と同じようにスピリチュアルティーチャ―になれるのですよ。もしやる気になったら私でも他の方でもいいから始めてください」と言われてしまい、怖くなってしまいました。

私はただ自分が癒されたかったのです。楽になって楽しい人生を送りたかっただけなのです。

ただそれだけのことなのに、自分が癒されていないのに、どうして誰かのお手伝いをしなきゃならないのかと思いました。

自分自身が癒されてからでないと誰かのためには動けないと思っていました。

そして、家庭不和はますます酷くなり家に帰りたくない日が続く中、28歳(2003年)のとき会社で出会った方と逃げるように結婚。
出産をし、社宅で大変な毎日を過ごすことになりました。
夫の家族とうまくいかない状態と躁鬱の母からの相談を受ける生活が続き、わたし自身の体調もさらに悪化していきました。
またこの頃から、印象的な夢を見たり、友人のオーラが輝いているのを見たりと不思議なことが起こり始めます。

体調不良のため、心療内科や心理カウンセリング、スピリチュアルカウンセリングを受けますが、いっこうに体調も状況も改善されることはありませんでした。

 

31歳(2006年)のとき、導かれるようにあるコミュニティサイトに登録。

結果の出せる本物の癒しやスピリチュアルに出会いたいと、再び癒しの世界を模索し始めます。 

同時に、私と同じような志の方や仲間に会いたいと強く感じました。

会えるのだと、どこかで知っているような気持ちでした。

そして「癒されるのだ」という強い意志を持って、私が本物だと感じるカウンセリングやヒーリングを受けることを決意しました。子供はまだ3歳でした。

そのなかで、ロンドン在住のリーブスインスティチュート仲裕美子氏と出会い、日記に書かれていた言葉に感銘を受けます。

「私が探していたのはこれだったのだ!」という強い衝撃と、やっと見つけたというような大きな喜びを感じました。
ですがその後、リーブストレーナーさんから初めて受けた封印解除ワークで、ある有名な歴史上の人物の分魂(キリスト教徒の一人)を持ってきていると知り、大きなショックを受けます。

受け入れることができるまでとても時間がかかりました。

 

それからは、少しずつですが沢山の素晴らしいワーカーさんやセラピストさんとの出逢いをいただけるようになり、様々なことが流れるようになっていきました。
相変わらず「あなたはエネルギーワーカーになるのですよ」とアドバイスをいただけるなか、拒絶しながらも自分自身を守るためのプロテクションを学んだり、セッションを受け続けると、ヒーリングができるようになっていきました。

子どもの頃から知っていたことや、理解していたのに誰にも言えなかったことを、受け入れることができるようになっていきました。

また、ずっとトラウマとして抱えてきた19歳のときのスピリチュアルエマージェンシーは、エクソシズムによる霊障だと分かりました。

(2013年11月にエクソシストに覚醒したときに初めて気づきました。東日本大震災のときと同じように、またその時にも霊障の直後に阪神淡路大震災があり、私はその頃からシャーマンとしての仕事をするように促されていたのだと思います。)


2011年に入ってからは日本神界が動き出し、シャーマン(霊と魂を癒すもの)としての資質を持っていた私はシャーマンとしての覚醒のため、あらゆるスピリットからのサポートによりイニシエーションが始まります。
2011年3月、ほぼ震災と同時に覚醒。ナチュラルなカリスマシャーマンとして活動ができるようになりました。 シャーマンとして覚醒した頃から、長年患っていた持病も急に良くなり

2011年7月、お世話になっているセラピストさん方やスピリットたちに仕事をするよう促されるようになったため、ようやく沢山の方に支えられながらFollow your dreamsフォローユアドリームスを立ち上げることができました。

2014年8月、サロン名をPriereプリエール、セラピスト名を桜岡ともこに改名。

「心理学やカウンセリングが人を癒すのではない、人が人を癒すのです」という考え方や手法に感銘を受け、神戸メンタルサービスのワークショップにてカウンセリング心理学や恋愛心理、セラピーなどを学び始める。今後は、心理学やセラピー、宇宙的な変化へも対応できるようバランスよく深く学び、もっともっと皆様に貢献できるよう成長していきたいと願っています。

 

すべての出来事と出逢いと

いつも私を献身的に支えてくださっている方々に

愛と感謝を込めて 

 

プリエール 桜岡 ともこ